最強の法則2001年5月号
サイン読みの達人もコレで勝ってた!「木下健」利用法
本誌連載コラムでおなじみ、木下健。
彼の作るオリジナル出馬表を利用して儲けているという強者がいた。
本家本元の木下が仰天した木下信者の独創的な馬券術とは!?
なぜか馬券がよくあたってしまう!?
3月4日の中山は不良馬場だった。10R・アクアマリンS。逃げるトウショウトリガーをアーサーズフェイムが追う展開で4コーナーを回った。トウショウトリガー8番人気、アーサーズフェイム1番人気。直線、一旦はアーサーズフェイムが先頭に立った。外からは2番人気のグリーンブリッツが迫る 。
あ、やっぱり人気2頭か、と誰もが一瞬感じたはずである。しかし坂上で、なんと逃げるトウショウトリガーが差し返した。結局、トウショウトリガー、アーサーズフェイムの行ったままで入線。馬連は4790円の波乱となった。
「ちっ」1・2番人気の馬連で7倍つくからと、それを厚めにして買っていた筆者は舌打ちした。
「なにも、差し返さなくたっていいのに」中山競馬場のスタンド後方からレースを見ていた筆者は、きびすを返して取材の場所であるベンチに戻ろうとした。そこへ、聞いてきた人がいる。
「何が来たの?」、「トウショウトリガーとアーサーズフェイムです。」、「それは何番?」、「⑥番と⑪番です。結構つきますよ」、「おー、⑪番か獲った獲った」、無邪気な笑顔を見せる初老の男。実は、この人こそ、今回の取材対象者であった。
(げっ、これを待っていたのか) 筆者は、なんだか恐ろしくなった。なにしろ、レースを目の前で見ても、何が来たかよくわからないぐらい(後でわかったのだが、ふだんはラジオで競馬中継を聞いているためらしい)。競馬歴は10年だが、とても競馬に造詣が深いとは言えそうにない。ところが、この人の馬券は実によく当たるのである。
取材対象者は、大石洋三、62歳。馬券収支は月にだいたい40万円と自己申告した。普通なら、そんなに儲かるわけないじゃん、と疑心暗鬼になる筆者であるが、この人の場合は「実際にそのくらいは勝ってるかも」と思ってしまう。
馬券の買い方は、軸馬を決めての流し買い。500円とか1000円で定額流しである。普通、こうゆう買い方だと軸馬が来ても人気サイドで決まって取りガミ、などとゆうことがよく起きる。少なくとも筆者はそうだ。ところが、彼の場合はそうならない。不思議と人気薄の馬券を持っている。これだけ都合よく人気薄が来れば儲かるはずだ。
「木下健は競馬界の森田芳光だ!」
さて、なぜそんなに彼の馬券がうまくいくのか、ということを説明する前に、彼の生い立ちについて触れなければならないだろう。そうでないと、うまく説明できない馬券術なのである。
大石は、若い頃映画界の裏方として活躍していた。新人シナリオライター養成所の教務主任を務めていたこともある。シナリオ雑誌の編集にも携わり、数多くの著名な脚本家、映画監督を育てた。あの森田芳光は、彼が小屋(上映館)を持っていた頃、よく8ミリ自主制作映画を持ち込んだという。その後、紆余曲折があってから、彼は浅草ウインズのそばにビデオ店経営の合間に映画大会を主催したり、若いシナリオライターのための勉強会を開くなどといった形で映画界に寄与しつづけた。そして、およそ10年前のある日のこと。ビデオ店のアルバイトの若者たちが、土日になるとそわそわするのに気付いた。頻繁に給料の前借を申し込んだりする。聞いてみると、理由は競馬だった。アルバイトが土日に働いてくれないのでは商売にならない。競馬はまったくの素人の大石だったが、ある賭けを彼らに提案した。
「俺がもし競馬に勝ったら、お前らは馬券をやめるか」若者たちは笑いながら同意した。素人がいきなり勝てるはずがない、と思ったからだ。ところが、彼は賭けに勝った。なぜか。全種類の連勝馬券(当時は枠連しかなかった)を購入したからである。
「3週ぐらい続けてメインレースの当たり馬券を見せたら、参りましたって言われましたよ(笑)。たまたま続けて荒れててね。穴馬券をバシバシ獲るもんだから」
枠連は、ゾロ目がなければ28種類、ゾロ目を入れても(16頭立て以上でも)36種類しかない。
要するに36倍以上つけば儲かるわけだが、彼の「全通り買い」はしばらくの間大幅プラスだったという。で、調子に乗った彼はアルバイトたちに競馬をやめさせたあとも、そのままの買い方を続けてみた。しかし、さすがにそうそううまくいかない。
「東京から福島に変わった途端に堅くなり、マイナスになっちゃいました(笑)」
もともと「ハマる性格」の彼のこと。マイナスになり始めたら合点がいかなくなった。全通り買いでなくても儲からないものかと考え、多くの「競馬必勝本」を読み始めた。必勝本には、ご存知のようにピンからキリまでさまざまなモノがある。シナリオライター養成講座を開くうちに作家、小説家とも交流を深め、文学にも造詣が深くなっていた大石は、必勝本に「文学の香り」を感じたという。
「30分で読み終えるような内容のないモノもあるんだけど、競馬をまるでドラマや映画のように捉え、流麗な文章でしたためた大作もいくつかありましたよ。とくに片岡勁太さんの著作は素晴らしくて、何回も読んでしまいましたねえ」そして、いろんな必勝法を試し、ああでもないこうでもないと試行錯誤をしていくうちに、彼はひとりの「天才」と出会ったという。木下健。ご存知、本誌連載中の「レベルの高いレース」などで知られる馬券生活者である。
「木下さんの馬券術を『競馬最強の法則』で読んでいて、ビビッと来るものがあったんですよ。この人は若き日の森田芳光じゃないかと感じた。で、この馬券術ならと思って、インターネットが出来る息子の嫁に『木下式出馬表』を入手してくれるように頼んだんです」これが大石と木下式指数との出会いである。
「どうしても一度会いたくなって、木下さんを囲む会(オフ会)が福島であるというから、駆けつけたんですよ」 その時の木下と大石の出会いが、この企画の発端となっている。
木下は「おもろいオッサンやな。なんでそんなに穴馬券ばっかり獲りよるねん」と思った。
大石は「やっぱり、この人は若き日の森田芳光だ」と感じた。2人は、しばし時間を忘れて語り合ったということである。
西田式スピード指数と木下式指数の違い
さて、さまざまな苦難の末に流れついた「大石流馬券術」の肝が、木下健の考案した「木下式指数」である。この「木下式指数」については、すでにご存知の方も多いだろうが、ここでおさらいをしていこう。
「木下式指数」とは、アンドリュー・ベイヤーが提唱した「スピードインデックス」の流れを汲むタイム分析の手法だ。簡単に言えば「競走馬が出したすべての走破タイムを比較しやすいように指数化したもの」である。競馬場ごと、距離ごと、馬場状態ごとに異なる走破タイム。通常なら比較できるものではない。しかし、このタイム分析の手法により、すべての走破タイムは「簡単に比較できる」ものとなる。日本で「スピード指数」と言えば、西田和彦氏が提唱した「西田式スピード指数」が有名である。木下健も、はじめはこれを使用していた。木下自身、西田式は偉大だと感じており、その発想の素晴らしさには敬意を表すと言う。しかし、木下は西田式を使いながら、もっと別のことを考え始めた。さらに的中率を上げようと、JRA全競馬場、全レースを見返すうちに「レースにはレベルの高いレース、低いレースが存在する」「ストレスの高いレースもある」などといったことを発見した。
そして「タイムだけをそのまま指数化するのではなく、通ったコースやペースの違い、さらにはレベルやストレスなどといったものすべて指数化できないか」 と考え、試行錯誤の末にこれを成功させたのである。 こうしてできあがったのが「木下式指数」である。言わば、西田式が純粋にタイムを指数化したものであるのに対して、木下式はレースの見方という「アナログ」部分を、タイムと言う「デジタル」に融合させた指数であると言えよう。
もちろん、両者はそれぞれに特長があり、どちらが優れているとは言いがたい。「タイムだけを純粋に分析する」西田式のよさもあり、実際、筆者(市丸)は西田式を使用している。筆者は「デジタル部分は西田式に任せて、アナログ部分は自分で考える」というやり方が好きだからである。「アナログ部分も取り入れた指数のほうがいい」と考える人なら、木下式のほうが合っているのではないか。
“眼力”が指数に・・・木下式出馬表の原理
さて、具体的に木下式指数を説明しておこう。 表①をご覧いただきたい。
これは、3月4日阪神で行われた仁川Sの木下式出馬表である。まず、数字は「木下式指数」を表す。高いほど「高い能力を示した」と考えていいだろう。「斤量補正」欄についているA,B,C,Dの記号は「今回の斤量で補正した全走の木下式指数」の上位4頭を表すもの。Aが1位、Bが2位、Cが3位、Dが4位である。また、X、Y、Zは過去2~4走の木下式上位3頭。ここまでの表記は、西田式とまったく同じだ。なお、このレースはダートのため、芝で出した指数にはSがついている。
注目すべきは「激」欄である。これは木下式独自のもの。トーホウダイオー、カネツフルーヴについている「UT」とは、「馬そのものに見どころがあった」「内容がよかった」レースが過去3走以内にあることを示す。UTのレースは下線が引かれている。トーホウダイオーの場合は2前走、カネツフルーヴの場合は3前走がUTだったわけである。マコトライデンの場合は5走前にUTがあるので「5U」と表記されている。もうひとつ、ここにはないが「RT」という印もある。これは「レベルが高いとまでは言わないが、いつ激走馬が出てもおかしくないレース」が過去3走以内にあったことを示す。テンパイの場合は、4走前にRTのレースがあったため、「4R」になている。ただ、RTはレース単位でのチェックであるため、そのレースに出走した馬にはすべてRTがつく。そのレースでまったく見どころがなかった馬にもRTがつくことに注意したい。さらに、ここにはない印に「L」「S」がある。Lとは「レベルの高いレース激走馬に注意」。Sとは「ストレスの高いレース 激走馬に注意」である。LやSは、RTとは違いそのレースの出走馬につくわけではない。例えばLなら「レベルの高いレースだが、レベルの高さを見せた馬は5着まで」だとしたら、6着以下にはLはつかない。
最上位指数馬だからといって軸にならず
さて、木下式指数の概略がわかったところで、大石の馬券術に移ろう。彼は、木下式指数をどのように活用しているのか。冒頭に挙げたアクアマリンSの木下式指数が表②である。
これを見ながら、大石はアーサーズフェイムを軸馬に選択した。え?ちょっと待てよ、と思う。
表②をよく見てほしい。アーサーズフェイムはBY。前走最高のAはジョンカラノテガミだし、2前走~4前走最高のXはタイキリメンバーである。RTやUTはいないが、フジゼファーに「4R」(4前走にRT)がついている。
普通なら、これらの馬を選択するのではないか。「いや、これは感覚的なもので、理解してもらえないかもしれないね。ずっとこの出馬表を見ていると自然に浮き上がってくるんだよ。
軸は⑥番(アーサーズフェイム)だと」う~ん、感覚的と言われても、ちょっと困ってしまう。「いや、法則性は少しあるんだな。まず、A馬は基本的に軸にしない。A馬で人気になっている馬は嫌いだから(笑)。
もちろん、A馬でも、だいたいこれで行けるかなと思ったら軸だよ。だけど、そうじゃない馬、例えばこの①番(ジョンカラノテガミ)みたいなのは、指数が高いの前走だけだよね?だったら軸にしない。となると、⑥番(アーサーズフェイム)か⑦番(タイキリメンバー)かなんだけど、⑦番葉赤い数字(注・出走馬中、最も指数の高いゾーンの指数は赤で表示される。このレースは80台が赤)が結構目立つのに、A~Dに入ってない。だから、あんまり信用できないと思って消す。そしたら、結局この⑥番しかないでしょう」。
なるほど。だいたいわかってきた。要するに、次のようなことだ。
可能性ある人気薄をヒモに高配当を狙う
大石流の木下式出馬表の使い方は、本人が「感覚的なもの」と言う割りに、実は非常に利にかなっていると、言えるだろう。まずA~Dに着目することで「前走の指数」という非常に重要な部分を見極めている。次に、過去5走の数字を見ることで、「メンバーのなかでどの馬の能力が高いか」を見極めている。
そして、UTやRTで木下式の肝である「激走」馬をチェックしている。最後に、ここが最も重要なのだが、メンバー的に指数が抜けているわけではないA馬を嫌うことにより、危険な人気馬を避けている。感覚的だなんてとんでもない、これほど合理的な軸馬の決め方はないといえるかもしれないほどだ。これで、大石の決めた軸馬がよく連に絡む理由がわかってきた。
さて、問題は相手馬である。大石は、相手馬を出来るだけ幅広く取るようにしている。総流しもやる。そして、好配当を「引っ掛ける」と言う。「私の馬券術なんて言ったて、そんなに大したモノじゃないんだよ。人気薄がうまく引っかかってくれれば儲かる。そうじゃなきゃダメ。相手次第みたいなところが大きくてね」
大石は言うが、すでに述べたように、なぜか「おいしい」ところが引っかかってくれる。それが彼の馬券のスゴさだ。具体的にどんな馬を相手として買っているのか。アクアマリンSに戻ろう。
彼の選んだ軸馬は結果的に1番人気のアーサーズフェイムであった。したがって、総流しにはせず相手は絞る。選んだ相手馬は①番ジョンカラノテガミ(6番人気)、②番マコトタイタン(4番人気)、④番グリーンブリッツ(②番人気)、⑦番タイキリメンバー(3番人気)、⑨番ソブリンスルー(9番人気)、⑪番トウショウトリガー(8番人気)であった。
木下式出馬表を見ると、①、②、④、⑦は指数上位で、選んだ理由もわかる。ただ、③シャドウスプリングや⑤フジゼファーではなく、なぜ⑨、⑪なのか。「まず、⑤番は4走前がRTだけど、芝での指数に高いのがないから見送りだね。あとは指数で少しでも可能性のあるのは③、⑨、⑪でしょう。全部買ってもよかったんだけど、③番は妙に人気だから、それより人気薄の⑨番、⑪番かなと思ったんだよ」
ふむふむ。つまり「指数的に少しでも可能性のある馬を買う」「できるだけ人気薄を絡めて買う」ということか。これで⑪番が来てしまうところが大石のスゴさで、それには彼の持つ絶対的な「運」の存在も否定できない。だが、確かにトウショウトリガーはまったく可能性がないわけではない。
「可能性のある人気薄」を買うことによって、彼は常に獲物を狙うという姿勢を見せていると言ってもいいだろう。それが、しばしば好配当というプレゼントをもたらすとも言えるだろう。なお、実は大石の馬券術は木下式指数だけではない。いわゆる「サイン馬券」も使っている。枠連を買う時のみだが、ある音の入った馬を解析し、「JRAはこの馬を勝たせたがっている」などとする馬券術を披露してくれた。しかし、この方法を駆使した馬券は、筆者ら取材スタッフの前では的中しなかった。的中しなかったことだけで十分だと思われるが、筆者自身、サインの存在にはまったく否定的であることもあり、ここでは思い切って割愛させていただいた。
ただ、大石は「木下式とサインとの融合」が自らの馬券術であると語っている。映画の世界に身を置いてきた人らしく、競馬を映画になぞらえ「このレースのシナリオはこう、主役はこの馬、脇役はこの馬」などと話す。その時の彼の目はらんらんと輝き、まるで少年のようである。競馬を映画として見た時、サイン系の馬券術は彼にとって最も符丁の合う方法論であっただろう。それはよくわかった。今回は中山競馬場での取材となったが、現在は仙台でビデオ店を営む大石。その馬券は、いつもはPATである。それも、一日3競馬場、25~30レースも同じ方法で買う。自分では機械操作に時間がかかるため、息子さんの奥さんがメールで受信し、プリントアウトして大石に届けている。これらの作業はかなり大変なため、最初は理解を得られないこともあった。
だが、大石の馬券のうまさが知れわたった今では、彼女はテキパキとやってくれるという。もちろん、馬券はとことん「穴馬券を引っ掛ける」スタイル。そして、前途のように穴馬券をバシバシ仕留める。だからこそ、1日5万、土日で10万ぐらいのプラスに達成できる。「月に馬券で40万儲けるおじいちゃん」は、かくして今日も孫に小遣いを与えたり、趣味のチャンバラ映画のビデオを店に置く資金を作っている。